横田進学教室の最初の校舎
横田進学教室の最初の校舎

 成績が平均的な子供、偏差値が45から55位の小学生を中学進学時に学年トップクラスにするチャンスは少ないながら何度かあります。

 一つは小学5年生までに、しっかりとした基礎学力がついていて家庭学習の習慣がついている場合。

 この場合は小学5年生前後から中学受験の指導をするとトップクラスの成績になります。

 しかし、それで北海道で言えば北嶺中などの有名進学校に合格できるかというと、受かる子も多いですが不合格の子も出て来ます。

 不合格の場合は、やはり当日出題された数学が少し難かしい問題で、点数が今一つ本番で伸びなかったケースがほとんどです。

 これは本人が自分に対して感じている自信が影響する事が多いです。

 やはり、地頭の良さが問われると言ってよいでしょう。
 

中学1年生の春期講習で英語・数学で100点を取らせても長続きしません

アドラー 劣等感の心理学 もう一つは、中学進学時の春期講習です。

 ここで、英語と数学を先回りして指導して100点レベルにすることは腕のある講師であれば簡単です。

 それで中学時にトップクラスで通せるか?という、ほとんどの子供が定期試験を重ねるごとに元の成績に戻って行きます。

 なぜか?

  自我肥大(自我のインフレーション)を起こしてしまうからです。

 つまり、思い上がってしまい、中学進学、級友に成績を自慢し塾のことや教材を自慢し、級友のことを馬鹿にし始めます。

 この現象は札幌進学教室の入江塾長にも以前に尋ねてみましたが、四谷大塚などの中学受験塾などでも頻繁にありふれて起こるそうです。

 治療法は、『自分の力でこうなった訳ではないこと。謙虚にならなくてはいけないこと』を、ひつひとつ説得することですが、ほとんどの場合上手くいきません。

 一つには親も同時に舞い上がってしまい、子供の行動を批判する指導講師に対して『生意気だ!』と反感を持つからです。

 親は、特に北海道大学や東京大学などの有名第卒の父親は、この好成績を

 「自分の優秀な素質を受け継いだからだ。」

 と考えます。母親は、特に自分がそれほどの進学校卒ではない場合ほど、子供の成績を上位にするのが自分の責務だと考え同調します。

 お父さんは

 「英数は普通の成績だが、他の国、理、社の成績が平均的なのは塾の指導がなっていないからだ!」

と言って、大手の進学塾などにお子さんを転塾させます。

 止めてもこの状況では、まずどうやっても納得しません。

 結局、塾の腕で成績を保っていたので、テストの回数を重ねるごとに成績は落ちていきます。

 では、反省して後悔するかというとそれもありません。

 なぜならば、例え平均的な成績でも大手の有名進学塾に通えてついていけることに誇りを感じるからでしょう。

 成績が自然現象であるということは、以上のお話である程度納得いただけたのではないでしょうか?

学歴を必要以上に強調するのは実は自分に自信がないから

 人間というものは、自分に相応しくない着物を運命の廻り上わせで着る事になると、どうしても自我肥大を起こすようです。

 最近、慶応大学の学生や卒業生の性犯罪をはじめとする犯罪が後を絶ちません。

 ネットなどの情報では慶大生は就職時に面接官が聴いてもいないのに

 「質問させていただきますが、私は慶應義塾大 ○○学部 4年生の△△ですが・・・」

 と必ずと言ってよいほど名乗るといいます。
 
 それが就職課で推奨する面接の仕方なのだそうですが。

 法政大学卒のある若者にその話をすると、

 「ある有名企業の就職面談に行って、終了後、皆で情報交換のためお茶でもという話で喫茶店に行きました。

 そしたら、いきなり

「僕は慶應義塾大 ○○学部 4年生の△△ですけど、お宅はどこの大学?」

と順番に聴いていって、聴き終えた後、

「君は早稲田だよね。でっ今日はどうだった?」

 と早稲田の学生とだけ話しこんでいって、突然「じゃあね」と帰っていきました。

 その後、「あいつは何なんだ!!!(怒)」と残ったメンバーで非難囂々の大盛り上がりでした。

 その慶大生は、その場で「早慶以外の私立は取るに足らないいいい加減な大学」であるような話をしていて、皆不愉快極まりなかったですよ。

 何なんでしょうねえ(笑)」

 と話をしくくれました。

 笑い話のようですが、本当の話なので笑えません。

 団塊の世代などの受験競争が熾烈だった時は、東大や早稲田大生には苦労して合格を勝ち取ったなりの知性、品格というか雰囲気があったと思います。

 それが社会や天下国家への疑問を感じさせ、時に暴走してデモやストライキとなりました。

 今のエリート大学生は大学でも「昔の学生と比べ学力が低すぎで、とても○○大生のレベルでは無い」

と教官に言われるようです。

 彼らは猛烈にそれに反発しますが、それも高級スーツの着心地の悪さを内心では感じている事への不安からなのでしょう。

 心の内で「これは本当は俺なんかが着るべきでないスーツではないだな」という不安を持っているのでしょう。

学習塾は必要悪。学習塾の経営者はけっして尊敬されない職業

 いずれにしても、学校の成績と学歴は人間の最もドロドロした欲望の部分で、劣等感と優越感が交差します。

 ですからプログラミングスクールの経営者や教師は非常に尊敬されますが、学習塾の講師や経営者はものごとの道理の分かっている一部ご両親には尊敬していたけますが、大方は

 「学習塾は必要悪である。仕方なく利用している」

 という意識だと思います。

 このことは、多くの塾経営者は薄っすらと自覚していると思います。

 そして、学習塾はどんなに有名な東大進学御用達の塾でもけっして尊敬の対象にはなりません。

 「東大出てて、何で学習塾の経営者になったの?」

 というセリフ、どこかで聞いたことがありますよね。

  

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